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聖母マリアに対する崇敬,マリア宗教ではない

 投稿者:VM  投稿日:2009年11月14日(土)02時12分57秒
  聖母マリアに対する崇敬
一九八七年「マリアの年」にあたって


日本カトリック司教団

福音の教えを正しく悟りながら信仰生活を生きることを願い、聖母マリアに関する基本的な理解と正しい信心を簡潔に示し、聖母への崇敬を深めるよう勧めます。


発行日:  1987/8/15
判型:  B6
ページ数:  16
税込定価:  32
 

Fa pensare se lo dicono

 投稿者:VM  投稿日:2009年10月30日(金)19時56分8秒
  "Vi mettiamo in guardia contro gli attacchi di velenose ideologie provenienti dall'estero, che pretendono di essere cultura "moderna" .Continuate ad accogliere i bambini come dono di Dio ed allevateli nella conoscenza e nel timore di Dio, per essere persone di riconciliazione, di giustizia e di pace nel futuro.." (Sinodo dei Vescovi Africani 2009 n.24 alle famiglie cattoliche)  

奉仕(最寄神父より)

 投稿者:VM  投稿日:2009年10月20日(火)15時41分45秒
  マルコ10・35−45
当福音書のテーマは「奉仕する」ということです。これは独特なキリスト教の課題ですが、現代の社会でもボランティア活動が豊かに見られます。しかし、キリスト教の奉仕の精神に近い活動でありながら、イエス様がおっしゃる奉仕から微妙に外れています。イエス様に従う者が奉仕することは、イエス様がなさったように小さいものや隣人に優しく対し、そして神様から頂いた恵みを分かち合うことです。自分が出来たことよりも、相手が望むことに注意深く心をかけながら行います。それに神様を崇敬する気持ちで自分の身を捧げて働き、イエス様の言葉を宣べ伝え、それを証します。当個所では弟子たちの間でもだれが一番になれるかの競争が発生していました。しかし、イエス様はこの弟子たちの願いを咎めず、より素晴らしい方向に向かわせています。まず、イエス様がゼベダイの子らの心を探ってどこまで自分の運命に従うことを望むのかを確かめます。確かにヤコブとヨハネの希望はイエス様と共に運命を全うするまで従う決心を示しています。それを受けたイエス様が自分に従う者の心を明確に語っています。世間の考え方と違って神様に従う者たちは、偉くなるよりも人に仕えることを望んでいます。イエス様に従う者は共同体の中で奉仕して、共同体の弱い者たちに仕えます。そしてみ言葉に仕える者としてそれを読み上げて解説したり、それを知らせながら、み言葉が世界に広がるように宣べ伝えています。最後にイエス様は、キリスト信者はどのようにしてこの奉仕を成し遂げるべきかを語られます。それは心を尽くし身を捧げながら人生を全うすることです。

                            モヨリ神父
 

Inno alla Vita &#12356;&#12398;&#12385;&#12408;&#12398;&#36059;&#32654;

 投稿者:VM  投稿日:2009年 9月23日(水)15時44分36秒
  INNO ALLA VITA
La vita  unopportunit coglila.
La vita  bellezza, ammirala.
La vita  beatitudine, assaporala.
La vita  un sogno, fanne realt

La vita  una sfida, affrontala.
La vita  un dovere, compilo.
La vita  un gioco, giocalo.
La vita  preziosa, abbine cura.

La vita  ricchezza, valorizzala.
La vita  amore, vivilo.
La vita  un mistero, scoprilo.
La vita  promessa, adempila.

La vita  tristezza, superala.
La via  un inno, cantalo.
La vita  una lotta, accettala.
La vita  unavventura, rischiala.
La vita  la vita, difendila.
La peggiore malattia oggi
e il non sentirsi desiderati
ne amati, il sentirsi abbandonati.
Vi sono molte persone al mondo
che muoiono di fame,
ma un numero ancora maggiore
muore per mancanza damore.
Ognuno ha bisogno di amore.
Ognuno deve sapere
di essere desiderato, di essere amato,
e di essere importante per Dio.
Vi e fame damore,
e vi e fame di Dio.

Ama la vita cos com
Amala pienamente,senza pretese;
amala quando ti amano o quando ti odiano,
amala quando nessuno ti capisce,
o quando tutti ti comprendono.

Amala quando tutti ti abbandonano,
o quando ti esaltano come un re.
Amala quando ti rubano tutto,
o quando te lo regalano.
Amala quando ha senso
o quando sembra non averlo nemmeno un p

Amala nella piena felicit
o nella solitudine assoluta.
Amala quando sei forte,
o quando ti senti debole.
Amala quando hai paura,
o quando hai una montagna di coraggio.
Amala non soltanto per i grandi piaceri
e le enormi soddisfazioni;
amala anche per le piccolissime gioie.

Amala seppure non ti d ci che potrebbe,
amala anche se non  come la vorresti.
Amala ogni volta che nasci
ed ogni volta che stai per morire.
Ma non amare mai senza amore.

Non vivere mai senza vita!

MADRE TERESA DI CALCUTTA
 

最寄神父様より

 投稿者:VM  投稿日:2009年 9月21日(月)00時58分11秒
  マルコによる福音書 9・30−37
細かく当福音書を読むと、宝石のようなところが多くありますから、それに気づくようにしましょう。イエス様がガリラヤを通って行かれたとあります。ガリラヤは布教の地域のシンボルであり、一般の人、弱い人へのイエス様の愛着も示しています。イエス様は目立たない所を好まれ、私たちの側、心の中も通っておられるのに気づかない時が多いのです。沈黙の中、イエス様は自分の存在を知らせず、人の出会いだけを求めて教え、人の心と体も癒しています。当時、イエス様が人にご自分の使命と運命を説明した時に(つまり、皆の愛のために十字架につかれること)自己中心的な生活だけしか求めない人は、イエス様の話をよく理解できなかったのです。だからイエス様が自分のメッセージを理解しやすい課題を提示ました。まず権力を求めた弟子たちに、人を支配するよりも弱い人皆に仕え、自分の人生を奉仕することは神様の心に叶う理想だと強調しました。そして、イエス様が小さいもの、つまり子供や、お年寄り、病人を自分のように受け入れるように勧めています。人を受け入れることはイエス様に従った私たちにとってどういうことなのか、具体的に考えてみたいと思います。教会では、叉ミサの前に新しい人、初めて教会に足を運んだ人、小さい人、お年寄りや子供も歓迎します、これはとても大切な教会の役割です。その心の態度は教会の名刺であり、教会の看板になります。このように教会の心を、教会の姿を表します。だから教会ではぜひイエス様が勧められたように、誰でも受け入れることを大切にしましょう。大切に受け入れて歓迎された人は、未信者であったとしても、イエス様自身が受け入れて歓迎されるのです。
                         モヨリ神父
 

そうです!郡山司教様ありがとう

 投稿者:VM  投稿日:2009年 9月11日(金)23時46分0秒
  イザヤ49章15-16節「女が自分の乳飲み子を忘れることがあろうか。母親が自分の生んだ子を憐れまないことがあろうか。たとえ女たちが忘れようとも、私があなたを忘れることは決してない。みよ、わたしはあなたを私の手のひらに刻む。」20数年前、フィリピンの避暑地バギオのお土産店で無造作に売られていた手の彫り物。手のひらに刻まれた幼子の安らかな姿に飛び上がるほどビックリしたものだ。聖書の言葉がそのまま彫り物になっている!しかもお土産店で売られている!さすがカトリックの国だ!地元の職人に頼んで何個も同じものを彫ってもらってお土産にしたものだ。。。。

「人は見ていなくても神さまは見ていらっしゃいます。」幼稚園で子供たちと唱和していたモットーの出典ともいえる箇所だ。これが出たら、ある若者の大学生時代の体験談と決まっている。”気楽な自転車での一人旅。道端の無人販売の果物に思わず心が動いた。まさに無人。思わず手が伸びたとき、幼稚園のときのあのモットーが脳裏をかすめた。さすがに手を引っ込めて立ち去った。”それを聞いた未信者の青年が「ガッテン!」とばかりに声を上げたものだ。”神を信じるというのは抑止力なんだね!”「日本の社会にはまさにこの抑止力がないのですっ!」
 

「郡山司教様この話ありがとう」  

 投稿者:VM  投稿日:2009年 9月10日(木)18時53分36秒
  「郡山司教様この話ありがとう」
昨日思いがけない手紙を貰った。副作用のため目が失明する可能性もある薬の服用が必要になるかもしれない。自分が見えなくなったら家庭は大変なことになるから失明するわけにはいかない。祈って欲しい。

祈りが病気に効果があるという村上博士の本を読んだばかりだったので、ほとんど反射的に手紙を手にとってロザリオを必死で捧げた。宗教とは無縁と思える科学者がまるで宗教家のように祈りの必要性を熱心に説く。不思議な感じがするほどだが、さまざまな「信仰の神秘」もこの人の手にかかると「そうでしょうね」とあっさり肯定されそうな感じがしてくる。実際、かつての言葉で言えば「諸聖人の通功」という信仰も、さらに、聖変化も、マリア様の処女懐胎も高名な科学者のお墨付きがもらえそう。

哲学生の初年度だったか、神の存在を証明するのに第一原因として理解することを教わったと思うが、神様の存在の証明はDNAの説明を聞いたほうが説得力がある。「一体誰がこんな微小なテープ(ゲノムー全遺伝情報)の上に32億もの情報を書き込んだのだろうか。これは、・・・偶然の結果書き込まれたとは到底考えられない。人間を超える大いなる存在がなければ・・・」(「人は何のため祈るのか」134頁)。この方こそ神そのものなのだが、この科学者にとっては「サムシング・グレイト」(偉大なる何者か)となる。

ノーベル賞候補にも上がっているらしいがこんな人にこそあげたい。そして、信仰を排除し、祈りを小バカにするような日本の医療・科学の分野に風穴を開けてもらいたい。科学者が推奨する祈りの力。祈り合って神の国が日本を覆う。「お勧めの本買いました!」そんな読者が増えたら日本が変わる!
 

Quale? どっち?

 投稿者:VM  投稿日:2009年 9月 2日(水)14時50分37秒
  [Vivere per Dio o vivere per te ] 「自分自身のために生きるか、 それとも、神のために生きるか  

ありがとうございます。

 投稿者:ゆか  投稿日:2009年 3月 1日(日)17時42分43秒
  丁寧な返事をありがとうございます。
日曜の朝9時30分。ぜひ、参加させていただきたいと思います。
ありがとうございまた。
 

すみません、間違いありまして

 投稿者:マルコ神父  投稿日:2009年 2月28日(土)17時19分12秒
     カトリック教会ではだれも気軽にごミサ(主な礼拝)に参加することが出来ます。何も心配することありませんし、ただしご聖体を頂くのは洗礼を受けている方だけですが、祝福を受けることが出来ます。どうぞきっと何かためになることがあると思います。この鹿屋では日曜日の朝9:30からです。何も準備することもありません。どうぞご遠慮なさらないように。  

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