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イザヤ49章15-16節「女が自分の乳飲み子を忘れることがあろうか。母親が自分の生んだ子を憐れまないことがあろうか。たとえ女たちが忘れようとも、私があなたを忘れることは決してない。みよ、わたしはあなたを私の手のひらに刻む。」20数年前、フィリピンの避暑地バギオのお土産店で無造作に売られていた手の彫り物。手のひらに刻まれた幼子の安らかな姿に飛び上がるほどビックリしたものだ。聖書の言葉がそのまま彫り物になっている!しかもお土産店で売られている!さすがカトリックの国だ!地元の職人に頼んで何個も同じものを彫ってもらってお土産にしたものだ。。。。
「人は見ていなくても神さまは見ていらっしゃいます。」幼稚園で子供たちと唱和していたモットーの出典ともいえる箇所だ。これが出たら、ある若者の大学生時代の体験談と決まっている。”気楽な自転車での一人旅。道端の無人販売の果物に思わず心が動いた。まさに無人。思わず手が伸びたとき、幼稚園のときのあのモットーが脳裏をかすめた。さすがに手を引っ込めて立ち去った。”それを聞いた未信者の青年が「ガッテン!」とばかりに声を上げたものだ。”神を信じるというのは抑止力なんだね!”「日本の社会にはまさにこの抑止力がないのですっ!」
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