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答え

 投稿者:マルコ神父  投稿日:2009年 2月 5日(木)18時10分32秒
  当たり前のことでしょう。ご家族を第一に大切にして下さい。  

マルコ神父

 投稿者:勝由卯子  投稿日:2009年 1月19日(月)14時00分26秒
  神父様今私は」鹿児島の市内に旦那さんと暮らしています。今まで似たいにあっちこっち
には、いけないけどいつか二人で遊びに来ますね」」
 

ありがとう

 投稿者:マルコ神父  投稿日:2009年 1月 8日(木)18時15分49秒
  明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。来たいときに前を持って電話してね。いないときがありますから。  

マルコ神父

 投稿者:勝由卯子  投稿日:2009年 1月 6日(火)04時52分49秒
  久しぶりですね、神父様元気ですか私のほうは大元気ですよ間いつか鹿屋に遊びにいきますね「  

(無題)

 投稿者:マルコ神父  投稿日:2008年12月14日(日)18時23分49秒
  ありがとうございました。よかったね。是非遊びに来てください。お待ちしております。  

お久しぶりです!

 投稿者:ムラヤマ  投稿日:2008年12月10日(水)16時11分38秒
  どうもお久しぶりです。ムラヤマです。
ログ見ると去年1月の頃のレスがありますね。懐かしいです。
あれからもうすぐ2年近く、いろいろとありました…。
洗礼を受け、晴れて信者にもなれました。今は東京都日野市の
高幡教会に所属しております。もうこちらの教会もだいぶなじみに
なりました。キリスト教の信仰は、本当に多くの実りを与えてくれます。
鹿屋には今年の始めに帰ったきり、長く帰っていません。そろそろ
鹿屋が恋しくなりました。鹿屋は変わりないでしょうか。
年明けには帰省しようと思っています。その時はまた御ミサにお伺いするかと
思いますのでよろしくお願いします!
 

(無題)

 投稿者:YM  投稿日:2008年 9月13日(土)17時25分26秒
  あなたの体のともし火は目である。 目が澄んでいれば、あなたの全身が明るい。 (ルカ 11・34)  

Golden Rule

 投稿者:YM  投稿日:2008年 8月 5日(火)17時42分16秒
  あなたは、無限なるものに対する渇きを覚えたことがありますか。はかりしれぬものに向かって心を広げたい、という熱い望みを感じたことがありますか。あるいは、自分自身や今の生活に、満たされぬ思いを抱いてはいませんか。それならば、あなたの心を満たしてくれる何か、むなしく過ぎていく日々の嘆きからあなたを解放する何かを見つけられたら、うれしいでしょう?福音には、示唆に富む一つの言葉があります。それは、私たちが少しでも理解するなら、大きな喜びを与えてくれる言葉、人生で果たすべきことが凝縮されている言葉です。神が人間の心の奥底に刻まれたすべての掟が、要約されているものです。次のような言葉です。人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。これは「黄金律」と呼ばれます。キリストが世にもたらされた教えですが、当時すでに、世界の人々に知られていました。旧約聖書にも見られますし、古代ローマの思想家セネカや中国の孔子を始め、多くの人々が語った言葉です。この教えが広範に知られていた事実からも、神がこれを大切にされ、すべての人の人生の指針になるよう望まれたことが、わかります。モットーとしても美しい響きの言葉です。もう一度、聞いてみましょう。人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。では、一日の中で出会う隣人一人ひとりを、このように愛してみましょう。相手の立場になり、「自分だったらこうしてもらいたい」という態度で、接するようにしましょう。私たちの中におられる神の声は、状況に応じて、どのような形で愛を表現すればよいか、教えてくれるでしょう。  相手がおなかをすかせている場合には、「自分が空腹だったら」と考え、食べ物を提供しましょう。  相手が不当な扱いに苦しんでいるなら、「私がその状態だったら」と考えましょう。  相手が暗闇や疑いの中にある時には、「自分がそうだったら」と考えて、慰めの言葉をかけ、共に重荷を担うことができるでしょう。相手が再び光を見出し、気持ちが軽くなるまで、その人に心をかけ続けましょう。私たちも、他の人からそのようにしてもらいたいものだからです。また、相手が何らかのハンディキャップを負っているなら、私たちも、その人の抱える困難を自分の体と心の内に感じるほどに、愛するよう努めましょう。愛があるなら、その人に他者との違いを感じさせないような、適切な態度もわかってくるでしょう。私たちはキリスト者として、苦しみの持つ大きな価値を知っているので、その人の抱える困難の内に恵みを見出すこともできるでしょう。  こうして、感じのよい人、あまりよくない人、若い人、お年寄り、友人、敵、日本人、外国人、美しい人、そうではない人、などといっさい分け隔てすることなく、皆を愛することです。福音は、「すべての人」を愛するよう教えています。「そんな生き方は、難し過ぎる」と思う方も少なくないでしょう。  それも理解できます。また、私の話はあまりにも単純に聞こえるかもしれません。私たちの普段の考え方や行動は、こうした生き方からはほど遠いので、大きな心の変化が要求されます。でも、がんばって、試してみませんか。  このように生きられた一日は、一生にも値するものです。一日の終わりに、私たちは自分が大きく変えられていることに気がつくでしょう。それまで経験したことのない喜びとみなぎる力を感じるでしょう。そして神が、私たちと共にいてくださるでしょう。神は、愛する人と共におられるからです。  こうして、充実した日々が続くことでしょう。  でも時には、生きるスピードが落ちて、気をおとし、愛するのをやめたくなる誘惑にかられたり、以前の生活に戻りたくなったりするかもしれません。  でも負けないで、勇気を出してください。神は私たちに恵みを与えて下さいます。私たちは、いつでも再出発できます。忍耐強く生き続けるなら、私たちは周囲の世界がゆっくりと変わってゆくのを目にするでしょう。  福音は、最もすばらしい生活を私たちに与えてくれ、世に光をともし、生活を味わいあるものにし、あらゆる問題を解決するための基本であることを、私たちは理解するでしょう。  そして、自分のすばらしい経験を他の人に分かち合わずにはいられなくなるでしょう。私たちを理解してくれそうな友人、親戚の人、また誰であっても「この人に伝えたい」と心に感じる相手に、私たちは分かち合うことができます。こうして、希望が再び花開くでしょう。  

(無題)

 投稿者:マルコ神父  投稿日:2007年12月10日(月)17時04分44秒
  四條 淳也 様ご指摘ありがとうございました。46年ぐらい鹿屋カトリック教会になっていますからそのようにしました。どうして中央議会ではそのようにしましたでしょうか。何か司教団からの支持があれば変えてもいいでしょうが、現在私の耳には鹿屋カトリック教会のほうがいいだな。  

Xmas Present

 投稿者:VM  投稿日:2007年12月10日(月)16時57分30秒
  きくことのプレゼント、ほほえみのプレゼント、ゆるすことのプレゼント、かんしゃのプレゼント、ほめることのプレゼント、いのることのプレゼント、しんらいのプレゼント(ペトロ神父)  

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